してヤラレチャッタ
夕暮れ。生暖かい春風が全身を包む。地上界は花園と化しており、どこもかしこも見渡す限りピンク色だ。俺達は特に何もせずただ遠くを見つめていた。
遠い遠い、きっとどこまでも続く朱色の空。長いことここにいるが、やはりいつ見ても綺麗だ。透き通っていて、それでいて鮮やかで。空はいつでも心を潤すような、浄化されるような、そんな気持ちにさせてくれる。
ふと隣を見ると、うっとりと空を見つめ続けているあいつがいた。瞳に映る空の色。空色の綺麗な瞳に、夕暮れの朱色が混ざりあっている。それがまた綺麗で。つい見入っていると、視線に気付いたのか振り向いてきた。驚いて視線を離すが、あいつはずっと見つめてくる。見られているのが落ち着かず、何とか話題を逸らそうと試みる。
「…空、綺麗だな」
「そうだね」
ここで会話が終わってしまった。もう持ちかける話題も無いし、相変わらず視線はそのままだし、落ち着かない。どうしようも無くなりただただ意識を空だけに向けた。ゆっくり見つめてみる。浮かぶ雲の間から、美しい光が輝いている。
オレンジ色の夕日が、暖かく世界を照らす。目まぐるしく廻る在り来りな世界。荒んだ種を照らす、眩い光のお陰で、今日も今日とて生きれている。世界、万物、心身共々全てを包んでくれるような、そんな光を見ている気分だ。
あぁ、この先も、ずっとこの景色を見ることができたらいいのに。多分、そう長くはないだろう。仲良く座って空を眺めるなんて、これきりかもしれない。
そんなことを思っていると、隣から肩をつつかれた。
「…ねぇ、ブラピはさ、大切な人がいなくなったら悲しい?」
「……なんだよ、いきなり」
「特に深い意味は無いよ。気になっただけ」
「別に。何とも思わない。まずそんなやついない」
「えー?パルテナ様は?ナチュレは?」
「全員別に大切じゃない」
「……僕は?」
「お前が1番大切じゃねぇよ」
「ひどーい」
こんなに馬鹿らしい会話も、貴重な時間なんだと思えば思う程辛い。一言一言が、脳裏に染み付いて離れない。声が聞けるのも、顔を見れるのも、会話を交わすことも、同じ空間にいることも、全て限りがある。永遠に続きはしない。
「じゃあさ、もしその人を助けられるなら、どんな状況でも助ける?」
「だから、俺にそんなやついない。自分が無事だったらなんでもいい」
「…てことは、僕が無事だったらいいの?」
「……自分ってそういう意味じゃねぇよ」
あほらしい発想。変なところでポジティブシンキングを繰り出すあいつはある意味天才かもしれない。普段は天災だけど。しかしこんな話をしていると、自然と暗い気持ちになる。何となくため息をつくと、あいつが反応した。少し真面目な顔をして、目線を下に向けている。
「……僕は大切な人がいなくなったら悲しいなぁ。逆に、大切な人がいなくなるくらいだったら、僕が代わりにいなくなる方がマシだよ」
「はっ、いい子ぶってんのか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、大切な人がいなくなるのは……すごく辛いから。それなら、僕がいなくなっちゃえば、辛い思いしなくて済むかなぁって」
膝を両手で抱え込んで、引きつった笑顔をしながら下に浮かぶ雲を見ている。一瞬、目に光がなくなったように見えた。
「…いなくなるって、どういう風に?」
「んー、ここから飛翔の奇跡無しで飛び降りるとか?」
「なんだそれ。お前が言ういなくなるっていうのは、死ぬってことなのかよ」
「うん。死ぬのは怖いけど、それよりも辛い思いしたくないから…」
そう本気で思っている、ように振舞っているあいつが滑稽だと思った。どうせ口だけのくせに。本当にいなくなっても、何もしないくせに。ただ悲しんで、泣いて、そのうち立ち直って何事も無かったかのように過ごすくせに。あいつが言うことは信用できない。
するといきなりあいつが立ち、空に背を向けた。夕焼けの逆光で、顔があまり見えなかった。が、少し笑っているように見えた。
「ブラピ、絶対信じてないでしょ?」
「まあな。お前の言うことなんて信用できるか」
「あはは。ブラピらしいや。…じゃあ、本当ってことを今から証明するよ」
「……は?」
証明する。ということは…まさか──
「……さよなら」
小声でそう聞こえた。あいつの姿が消えていく。
「!?」
焦ってあいつを掴もうとするが、もう手が届く距離ではなかった。しかし、俺は信じていた。どうせ女神と手を組んで、飛翔の奇跡でこっちに戻ってくる。平気で落ちれたのはきっとそのせいだと。
「……」
上から見て、そろそろ雲に当たるくらいの高度だろう。けれどあいつは戻ってこない。
「(まずい…まさか本当に?いや…でもそろそろ…)」
助けに行くべきか行かぬべきか、優柔不断さがここぞとばかりに顕になる。女神と組んでいる可能性は充分ある。しかし、表情から察するに、なにか嫌な予感がする。
あいつは本当に覚悟を決めてるのか。けど何故。この瞬間は女神と組んでいてくれと願ったほどだった。
『さよなら』
「っ……!」
さっきあいつが言った言葉を思い出した。
冷や汗が流れる。
俺は気が付けば走り出していた。
あの人の場所へ。きっと行けば分かる。
最悪の場合でも、何とかなる。そう信じて。
「はぁ…はぁ……」
「あら、どうしたのですかブラピ?息を切らして、何か急ぎの用でも?」
「あいつが……ピットが落ちたんだ!そこから…」
「なんですって!?」
普段落ち着いている女神も、こういう時は声を荒らげて焦る。オロオロしている姿を見ると、なんだか胸が痛くなった。俺が隣にいたのに、何も出来なかった。そのせいで、パルテナ様はとても焦っている。この反応から察するに、組んでいる可能性は少し減った。
「ブラピ、あなたに飛翔の奇跡を与えます。絶対にピットを助けてください!捕まえたら、回収します!さぁ、早く!」
俺は無意識に走っていた。とにかくあいつを何とかするために。体が勝手に動いていた。女神のせいか、自分自身のせいかは分からないが、不思議と体が動いた。
あいつが飛び降りた場所まで来た。
下を見る暇もなく俺はそこから飛び降りた。
「うわっ」
体が行動に追いついていない。足を滑らせたかのように、だらしなく落ちる。あいつの姿は見えない。どんどん高度を落としていく。風が顔面に当たって息がほぼできない。
いつの間にか地上界の空に来ており、あいつの姿がやっと見えた。
「……っブラピ?」
「おいっバカ!!なに…やってんだよ!」
「……」
あいつはただぼーっとこっちを眺めているだけだった。俺はハッとしてあの時のことを思い出す。
『ナチュレ!飛翔の奇跡を!早くしてくれ!恨むぞ!』
『ピット……』
『あぁもう!どうなっても知らんぞ!』
あの時と、同じ状況。ただ、立場が逆転している。今の俺の翼は燃えたりしないが、あいつはすぐにでも地面に触れそうだ。手を伸ばしても、届かない。あと少しなのに。
「早く手を伸ばせ!」
「…」
あいつがゆっくり、小さく手を伸ばす。顔中が痛かったが、意識は手の方に向かった。
指先が触れた。急いで手を引き寄せる。俺はあいつを抱きかかえる。いわゆる"お姫様抱っこ"だろうか。しかし、こんな緊迫した状況で考えられる訳もなく、無意識にやってしまった。
バサッ
地面に足をつく。人一人いない開けた森の頂上。周りには抜け落ちた白黒の羽がいくつかあった。
「はぁっ……はぁ、お前ほんっといい加減にしろ!!バカ!あんな真似しやがって!」
「ご、ごめん」
「ふざけやがって…心配させんなまったく」
「……くふっ、んふふっ」
「な、なんだよ!ぶっとばさせれてぇのか?!せっかく助けてやったのに!」
「ふふっ…ははっ…あはははっ!!」
急に笑い出す。馬鹿みたいに。なんなんだよ。気持ち悪い。徐々に腹が立ってくる。助けてやったのに、笑うなんて。俺が心配していたのがそんなに面白いのか。そう思うとイライラしてくる。自然と拳に力が入る。
「あははははっ!!はははっ、はぁっ、はぁーっ、えへへ」
「何笑ってんだよ気色悪い!」
「ブラピ引っかかった!!やったーー!」
「…………は?」
「だってさっき聞いたでしょ?大切な人がいなくなる時、助けられるなら助ける?って」
「……あ」
あ。そういえばそんな話をしたような。俺としたことがハメられた。あいつに。つい本能的に助けてしまった。
「やったやったぁ!!パルテナ様!!上手くいきましたよ!!」
『やりましたねピット!上手く引っかかってくれました!』
「はい!僕すごく嬉しいです!」
「なっ、め、女神も組んでたのか?」
「うん!パルテナ様にお願いして、ブラピを騙すために演技をしてもらったんだよ!途中聞いてたけど面白くて吹き出しそうになっちゃった!」
なんと。女神と組んでいたらしい。確かにあの状況で演技かどうか見破るのは少し厳しい。思えば変なところも沢山あった。こんなにバカで明るいあいつが、急にあんな話をもちかける訳が無いし、少し内容も変だったし、まるで即興で考えたような。
「いやー、暗い顔するの難しかったなぁ…何回か練習してて良かった」
「れ、練習までしてたのか?たったこれだけのために?」
「うん!壮大にブラピを騙すためにね!」
「……」
『こういう時は、アレ、ですよ』
「「アレ?」」
『してヤラレチャッタ』
「「……」」
『なかなか上手いでしょう?これを思いつくのに1時間かかりましたよ』
「すごいですね…執念が」
「それにしても、なんで俺を騙したんだよ」
「それはね〜、今日がエイプリルフールだからだよ!嘘つく日!」
「……?エイプリルフールは明日だぞ」
「え!?!?でででも!パルテナ様が…」
『嘘です』
「……してヤラレチャッタ」
なんだコイツら。呆れ返って空を見ると、真っ赤な朱色が俺達を照らすように、光り輝いていた。地上から見上げる空は、また天界とは違っていて、綺麗で、俺達を見下ろすように、どこまでも広がっていて。
遠く近い空を見て、ただ、幸せに感じた。
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