元々僕、今は君。
冥府軍のトップを倒し、エンジェランドにも平和が訪れた。
「今日もいい天気だなぁ。」
飛べない天使の僕は、パルテナ様の手伝いをしたり、机仕事を片付けたりして一日を過ごしている。これといった用事もなく変化も起きないため正直退屈だが、パルテナ様と共に過ごせる時間が長くなったのでやっぱり嬉しい。
……いや、変化がない訳でもない。
近頃よくブラピが姿を現すようになった。ブラピというのはブラックピット、つまり半ば僕の事で、真実の魔境という鏡から生まれた言うなればコピーみたいなもの。しかし本人は自分がコピーと思われるのを嫌っており、ついでにブラピと呼ばれるのも嫌っている。そのブラピがよく神殿にやって来るのだ。
「(あ、また来てる。)」
ドアの隙間から除くと中庭をぽつんと一人歩いていた。何かを探しているのか、キョロキョロしている。何用かと聞くためにドアを盾にしながら体を半分だけ出して話しかける。
「ね、ねぇブラピ、何してるの?」
「……」
声をかけると、振り返り僕を目視した。急にこちらに向かって歩いてきた。
「ぇ、あっ、えと、ブラピ?」
「……」
呼んでも返事は返ってこない。それどころかどんどん距離を詰めてくる。無表情で、一定の速さで、歩いてくる。嫌そうな顔一つせず、ただ歩いてくる。怖い。それがどれだけ恐ろしいことか、きっと僕以外の誰にも分からないだろう。
「っ……」
近距離になり本能的に目を瞑って震えていると、ブラピは少し俯いて小さな声で呟いた。
「夜、覚悟してろ。」
微かだがそう聞こえた。
あれからブラピのあの言葉が気になって、ろくに集中出来なかった。パルテナ様にも相談したが、「いつものツンデレですよ」と何故かニコニコしていた。何がツンデレなんだか。楽観的なパルテナ様が羨ましい。
夜になり就寝しようと自分の部屋に行く。あの言葉通りいくと、そろそろ何かしらの覚悟をしなくてはいけない。まあブラピがこんな時間に律儀にここに来るわけないかと苦笑いした。着替えるために灯りをつけようと後ろを振り返ると何故か人影があった。ドアが開いておりほんのり差し込む月の光の逆光で肝心な人物が見えない。しかし何となく伝わってくる。真っ黒で、邪悪で、僕に似ていて…まさか…
「ブラピ…?」
返事はなかった。それと共に一つ疑問が浮かんだ。何故ブラピが僕の部屋の場所を知っているのか。特に教えた訳では無いのに確実に僕の部屋へと辿り着いている。
「ちょ、ちょっと待って、なんで僕の部屋の場所知ってるの!?」
「……昼に見た。」
言われてみれば。あの時見ていたのは僕ではなく僕の部屋。ここであるか確かめるために目視していたのだろう。考えると馬鹿馬鹿しくなってきた。とりあえず早く帰ってもらってさっさと寝よう、と思った。
「とりあえずさ、もうこんな暗いし、早く帰って寝なよブラピ。僕ももう寝るから。」
そう言うとブラピはまた俯いた。
「……るか。」
「え??」
小さな声で何か言ったみたいだったが、聞こえなかったため聞き返す。でも何だか嫌な予感がする。一秒でも早くこの場から逃げ出せと、心の中でなにかが囁いている。
「……かせるか。」
「???」
やっぱり聞こえない。いや、聞こえない方がいいのかもしれないが。本当に何故か冷や汗が止まらない。いつものブラピと様子が違うのも、この緊迫した状況も、全て覆いかぶさって僕を押し潰そうとする。なんなんだろうこの気持ち。なんだか落ち着かない。
「…寝かせるかよっ!!!」
「!?」
急に叫び出したかと思えばドアをいきなり閉めた。なんなんだ、何が起きるんだ。不安で不安で仕方なかった。真っ黒な部屋。灯り一つない部屋。互いを確認するだけでも困難なぐらい真っ暗だ。するとどこからともなく手が伸びてきて僕の腕を強く掴んだ。
「ブラピ!?い、一体何がしたいんだよ!」
「…俺は今日という日を待ち望んでいた。」
「はぁ?!何言って…」
「ずっとずっと……ずっと……」
まるで声が聞こえていないようなくらい勝手に話を進めていく。ブラピの感情がここぞとばかりに爆発しているのが見えた。
「うわっ」
ドサッ
後ずさりしている間にベッドの近くまで来ており気付かずそのまま仰向けで倒れてしまった。ブラピは少しイラついていた。そんな感情を表すと言わんばかりに距離を詰めてきているのが分かった。
「ブ、ブラピ…?ほんとにどうしたんだよ…?」
「……」
「ぅえ……」
いきなり上に乗ってきたブラピの重さに悶える。馬乗り状態で、今他人が見たら驚愕の光景だろう。少しずつ距離を縮めてくるブラピの鼓動は速くなっており、頬に汗がほんのり見えた。
「なんだよ…?」
「俺は…お前を……消すんだ…」
「…っ!?」
何を言い出したかと思えば急に首を絞めてきた。力一杯なのが伝わってくる。いきなりすぎてよく状況把握ができない。
僕を、消す?
ブラピが放った言葉を考えている間も、着々と酸素は行き届かなくなっていた。少しずつ、だが確実に死へのカウントダウンが始まっていることを知った。
「(あぁ…まずい…)」
絞首というのがこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。時間が経つにつれ抵抗力は落ち、ただ朦朧としていく意識の中に存在することしか出来ない。余裕を保つ事も忘れ、頭は完全に真っ白になってしまった。
「が…ぁっ!……ぅ、ぐぁ…」
目から、口から、とめどなく液体が流れ出ているのがわかる。暗闇に浮かぶ赤色の瞳の光が、とても恐ろしく思えた。一向に力は弱まらず、真っ直ぐ目を向けるのも辛くなってきた。
「ぶっ、…らぴぃ……っ」
「…俺は…」
「!
げほっ!がっ…!ぇほ、けほっ…はぁ…はぁ…はーっ……」
目が上を向き始めそろそろ終わりかと安堵していたのも束の間、急に手を離したのだ。それにこっちの様子などお構い無しに唐突に話し始めてきた。どれだけ自由奔放なのだろうか。
「俺は…お前のことが大嫌いだ。俺と同じ見た目の奴がいる、ってだけでもイラつくし、周りはみんな俺の事コピーだって言いたい放題いいやがって…」
「……?」
「俺はっ……ちゃんと生きてるのに…都合のいい量産型なんかじゃないのに……揃いも揃ってコピーだコピーだ、って……」
「……」
「でもお前はオリジナルだ……。何も言われず咎められず平和に過ごしている……そんなお前が生意気で大嫌いなんだよ!!」
「なんなんだよ…もう…誰も俺の事受け入れてくんねぇのかよ……誰も俺の事認めてくんねぇのかよ……なぁ!?」
「!」
胸ぐらを掴まれ、叫びとともに体をゆらされた。まだグルグルしていた頭が激しく揺れた。僕はヨダレを垂れ流したまま、ブラピの方を見る。暗闇にも目が慣れてきたのか、徐々に顔が分かってきた。
イラついていて、どこか悲しそうで。そんな顔が視界に入った。
「…ぶら…ぴ、は…けほっ、そんなんじゃ……ぁ、っない……」
まだ呼吸がままならなかったが、何とか振り絞って声を出す。
「……そんなこと言って…俺を惑わすつもりか?」
「だっ……て、ぼく…た…ちっ、一緒…じゃ…ない、か…」
「……何が言いたいんだ。」
「僕は……ブラピを…もう1人の僕だと……思ってる…けど…僕のコピーだなんて、思ってない。」
「……」
「ブラピのことをコピーだと思ってるやつなんて……もういないよ。元は僕の、中の僕。それが…分かれただけなんだよ。」
「…」
「偽物とかじゃなくて…ちゃんと本物だろ…?僕の中にいた…僕なんだから。だから、さ、そんなに悩むことないよ。」
ブラピはしばらく考えていた。手を除けて、後ろに下がって、何か考えていた。少し俯いたまま立ち尽くしていた。けど僕は分かっていた。それは考えているのではないと。そしてベッドから降りてブラピに近づいた。
ギュッ
「……ぁっ。」
「ブラピ、こういう時は泣いていいんだよ。」
「…」
「堪えなくてもいい。大丈夫、誰も離れていかないから。」
抱き返してくれることは無かったが、ほんのり啜り泣く声が聞こえた。暗闇の中、人肌を感じて、感情のありがたみを知る。
「安心して。僕は全然大丈夫。気にしてないし、もう痛くなくなった。」
「…どうでもいい。離れろ。」
小さく呟く声が聞こえた。でも僕は離さなかった。だってこれが、パルテナ様の言ってたツンデレってやつだと分かっていたから。本音じゃないのに口に出して、きっとまだ強がっているのだろう。
「やだよ。僕はブラピが落ち着くまでこうしてる。」
「……」
「ブラピだって、本当は離してほしくないでしょ?」
「そ、そんなわけ…」
「強がんないでよ。僕は分かってる。だって元君だもん。2人になっても、少しは考えてることくらい分かっちゃうよ。」
コピーじゃなくて、もう1人の僕。
オリジナルじゃなくて、1人の僕。
量産型でも、道具でもない。きっと僕だけど、ちょっと違うんだ。分裂しただけ。元々1つなのが、2つになっただけ。コピーじゃなくて、半分こ。
「ブラピ、ほら泣き止んで。今日は、一緒に寝ようよ。せっかく来たし、それに、たまには僕も人肌を感じて寝たいんだ。」
「……勝手にしろよ。」
僕とブラピはベッドに入った。ブラピはずっと背を向けていたけど、なんかすごく暖かかった。落ち着くというか、自分自身の体温を感じているというか、そんな気分だった。
ひさしぶり、僕。また、よろしくね。
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